最高裁判所第二小法廷 昭和24年(オ)64号 判決 1952年2月15日
主文
原判決を破棄する。
本件を広島高等裁判所に差戻す。
理由
上告理由第四点について。
原判決は、上告人は、昭和一九年三月二〇日頃塩見社団の無限責任社員塩見恭多の代理人名和剛から同社団の所有に属する本件建物を他の宅地と共に代金三万八千円で買受けた事実を確定した上、同社団の登記簿謄本に依れば塩見社団は不動産その他財産を保存し、これが運用利殖を計ることを目的として設立せられたものであることが認められるので右塩見恭多が右のように社団の財産である本件建物を上告人に売却するがごときことは定款に定められた同社団の目的の範囲内に属する行為でないのは勿論、塩見恭多が上告人に本件建物を売却するにつき他の社員たる片岡道正、被上告人塩見祐の同意を得なかつた事実が認められるのみならずその当時社団の目的たる事業を遂行するのに本件建物を売却する必要があつた事情は上告人提出の全証拠によるもこれを認め得ないから、塩見社団は本件建物を上告人に売却する権能はなく、従つて、本件建物の売買行為は無効であると判断した。
しかしながら、右社団の定款に定められた目的は不動産、その他財産を保存し、これが運用利殖を計ることにあることは原判決の確定するところであるが、このことからして、直ちに原判決のごとく本件建物の売買は右社団の目的の範囲外の行為であると断定することは正当でない。財産の運用利殖を計るためには、時に既有財産を売却することもあり得ることであるからである。(このことは、本件社団は不動産その他財産の保存、運用、利殖を計るものであつて不動産の外有価証券等の財産をも含むことは勿論であるが、有価証券について考えれば、既有の有価証券を売却処分することが、その運用、利殖の一方法であることは疑のないところであつてその理は不動産についても、別異であるとは云えない。)のみならず、仮りに定款に記載された目的自体に包含されない行為であつても目的遂行に必要な行為は、また、社団の目的の範囲に属するものと解すべきであり、その目的遂行に必要なりや否やは、問題となつている行為が、会社の定款記載の目的に現実に必要であるかどうかの基準によるべきではなくして定款の記載自体から観察して、客観的に抽象的に必要であり得べきかどうかの基準に従つて決すべきものと解すべきである。
原判決は当時、右社団の目的たる事業を遂行するのに本件建物を売却する必要があつた事情は上告人提出の全証拠によるも認められないと説示しているのであるが、本件建物の売却が同社団の目的の範囲に属するかどうかを判断するには、かかる売却行為が同会社目的遂行に現実に具体的必要であつたかどうかを基準とすべきでないことは前述のとおりである。けだし、当該行為がその社団にとつて、目的遂行上、現実に必要であるかどうかということのごときは社団内部の事情で第三者としては、到底これを適確に知ることはできないのであつて、かかる事情を調査した上でなければ、第三者は安じて社団と取引をすることができないとするならば到底取引の安全を図ることはできないからである。
しかして、本件建物の売却もこれを抽象的に客観的に観察すればまた、同社団の定款所定の目的たる財産の保存、運用、利殖のために必要たり得る行為であることは云うまでもないのであるから原判決が前記の理由により本件建物の売却を以て同社団の目的の範囲外にありとしこれを前提として同社団は本件建物を上告人に売却する権能はないものとしたのはあやまりである。(原判決は、さらに、他の社員の同意の欠缺を云為するけれども、既に本件建物の売却が同社団の目的の範囲内にありとする以上、他の社員の同意のないということは、無限責任社員の代理権に対する制限となるは格別それがために、原判決説示のごとく同社団に本件建物売却の権能なしとすることはできない。)
よつて論旨は理由があり、この点において、原判決は破棄を免れないから他の論旨に対する判断を省略し民訴四〇七条に従つて主文のとおり判決する。
右は、全裁判官一致の意見である。
(裁判長裁判官 霜山精一 裁判官 栗山 茂 裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎)